この記事の要点
- 決めるのはFIFAではなくIFAB
- 8票のうち6票がないと変えられない
- FIFAは4票。単独では何も通せない
- 英国4協会のうち最低2つの賛成が要る
初心者メモ
Q. IFABとは?
サッカーの競技規則を決めている組織です。FIFAと英国4協会(イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランド)で構成され、FIFAが4票、英国側が各1票で合わせて8票を持ちます。
この記事の数字:ルール変更に必要なのは8票中6票。FIFAは4票しか持っていない。
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FIFA:4票
イングランド/スコットランド/ウェールズ/北アイルランド:各1票
合計8票のうち、改正には6票が必要
日本サッカー協会の説明によれば、IFABはイギリス4協会から各1名、FIFAから4名の計8名で構成され、出席者の4分の3(8票中6票以上)の賛成があった場合に競技規則の改正が決まる。
図:IFABの8票
FIFAは4票。改正に必要な6票には、単独では2票足りない
図は編集部が作図(画像の転載ではない)。イギリス4協会(イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランド)が各1票を持つ。1958年からこの配分。
この数字が意味することは、はっきりしている。
| 誰が | 持ち票 | 単独で改正できるか |
|---|---|---|
| FIFA(加盟211協会の頂点) | 4票 | できない(2票足りない) |
| イギリス4協会 | 4票 | できない(2票足りない) |
FIFAがどれだけ望んでも、イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドのうち最低2つを説得しなければ、ルールは変わらない。人口約540万人のスコットランドと、約310万人のウェールズが、世界のサッカーのルールに拒否権に近いものを持っている。
決まる時期と場所
| 会議 | 時期 | できること |
|---|---|---|
| 年次事務会議(ABM) | 11月 | 試行の承認。ルール改正はできない |
| 年次総会(AGM) | 翌年2月か3月 | ルール改正 |
AGMは原則としてイギリス本土4協会のいずれかで輪番開催される。ただしW杯開催年はFIFAが決めた地(通常はスイスのチューリッヒ)で行われる。改正が決まると1か月以内にFIFAから各国協会へ通達され、7月1日から全世界で施行される。
ルール改正の提案は、FIFA加盟協会や各大陸連盟が、総会前年の11月1日までに書面でIFAB事務局長に提出する。提出先は年次総会の主催協会、つまりイギリス4協会のいずれかだ。ちなみに一般のファンも、IFABのメールアドレスに意見や質問を送ることができる。
なぜこうなったのか——年表で見る
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1863年10月26日 | イングランドサッカー協会(FA)とロンドンの12クラブが会議。12月8日までに6回のミーティングで統一ルールを作成。近代サッカーの誕生 |
| 1882年 | イギリス4協会が英国選手権を開催しようと話し合ったところ、互いのルールが微妙に違うことが判明。調整機関としてIFAB発足を決定 |
| 1886年6月2日 | 第1回IFAB総会、ロンドンで開催 |
| 1904年 | フランス・オランダを中心とした欧州大陸諸国がFIFAを設立。IFAB設立の18年後、近代サッカー誕生から41年後 |
| 1906年 | イギリス4協会がFIFAに加盟。ただしルールはIFABの決定にFIFAが従う |
| 1913年 | FIFAがIFABメンバーに加入。イギリス4協会とFIFAが各2票(計10票)、改正には8票必要。イギリス4協会がそろえばFIFAが反対しても改正できた |
| 1958年 | イギリス4協会が各1票、FIFAが4票に。改正には8票中6票。ここで初めて、どちらか一方だけでは決められなくなった |
すべてを決めた順番
いちばん大事なのは、この順番だ。
近代サッカー(1863年)
↓ 19年後
IFAB発足の決定(1882年)/第1回総会(1886年)
↓ 18年後
FIFA設立(1904年)
サッカーのルールを決める機関は、FIFAより18年早く存在していた。FIFAは後発として、すでに動いていたルール体系に「従う」形で始まった。1913年にようやくIFABの席を得て、1958年に4票まで増やした。それでも6票の壁は越えられない。
THE ANSWERの連載で、長年サッカー取材を続けてきた荻島弘一氏は「サッカーのルールはどこが決めるの?」という問いにこう答えている。「主導しているのはイギリス」——と。
だから、W杯に「イギリス」は出てこない
ここまで読めば、素朴な疑問の答えも見えてくる。なぜW杯にイギリス代表がなく、イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドがバラバラに出るのか。
答えは「先にあったから」だ。イギリス4協会はFIFAが生まれる前から、それぞれ独立した協会として存在し、互いに国際試合を戦っていた。1882年に英国選手権を開催しようとしたときには、すでに4協会が別々のルールを持っていたほどだ。
FIFAは1904年に、その既存の枠組みの上に建てられた組織である。後からできた組織が、先にあった4協会を1つにまとめる理由も権限もなかった。4協会はIFABに常任の席を持ち、それは今も変わっていない。
だから、W杯に出るのは「イギリス」ではなくイングランドであり、スコットランドであり、ウェールズなのだ。国連加盟国は1つなのに、サッカーの代表は4つある。スポーツの単位と国家の単位は、必ずしも一致しない。
2026年の新ルールも、決めたのはIFAB
これは歴史の話で終わらない。今大会から導入された新ルールも、すべてIFABの決定だ。
過去の大きな決定も同じだ。2012年7月5日、チューリッヒのFIFA本部で開かれたIFAB特別会議で、ホークアイとゴールレフの両方のゴールライン・テクノロジーが満場一致で採用された。史上初めて、サッカーのルールに機械判定が正式に入った瞬間である。2018年3月3日のAGMでは、VARが正式にルールへ導入された。
2026年大会でオフサイドディレイによってヤマルのゴールが取り消されたのも、元をたどればこの8票の会議室にたどり着く。
ここからは編集部の見方
この構造は、しばしば「時代錯誤」と批判される。FIFA加盟は211協会。そのうち4つが、人口でも競技人口でも上位ではないのに、常任の議席と各1票を持ち続けている。アジアの47協会にもアフリカの54協会にも、IFABの議席は1つもない。
だが、擁護する見方も成り立つ。もしFIFAが単独でルールを変えられたら、どうなるか。FIFAは大会を主催し、放送権を売り、興行として成立させる立場にある。試合を面白くしたい、時間を短くしたい、広告を入れたいという圧力は常にある。そこにブレーキをかける存在が制度として組み込まれている——という読み方もできる。
実際、今大会でFIFAは上位4カ国が準決勝まで当たらないようドローを設計し、2030年の64カ国拡大も議論しようとしている。これらはIFABの管轄外、つまりFIFAが単独で決められる領域の話だ。大会の形はFIFAが変えられるが、競技そのもののルールは変えられない。この線引きが、意図されたものかどうかは分からない。だが結果として、そういう構造になっている。
レポートで使うときの要点
この話は、いくつかの学問領域の入口になる。
| テーマ | 問い |
|---|---|
| 国民国家論 | 「国」の単位は誰が決めるのか。なぜサッカーだけ英国は4つなのか |
| 国際機関のガバナンス | 211協会の頂点が、4協会の同意なしに動けない構造は妥当か |
| 制度の経路依存 | 1863年・1882年・1904年という順番が、140年後の投票権をなぜ規定しているのか |
| スポーツと帝国 | ルールを作った国が、ルールを決める権利を持ち続けることの意味 |
数字はどれも一次資料で確認できる。8票、6票、1863年、1886年、1904年、1958年。覚えやすく、引用しやすく、そして議論の余地がある。記事末尾の出典から、日本サッカー協会やIFABの公式ページに直接たどれるようにしてある。
まとめ
サッカーのルールはFIFAが決めていない。IFABという8票の会議が決めていて、FIFAはそのうち4票しか持たない。改正には6票が要る。だからFIFAは、イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドのうち最低2つを味方につけなければ、ルールを1文字も変えられない。
理由は単純で、サッカーが英国で生まれ、ルールを決める機関がFIFAより18年早くできていたからだ。W杯にイギリス代表がいないのも、同じ理由から説明できる。
7月16日、そのイングランドはアルゼンチンと準決勝を戦い、1-2で敗れた。ルールを作った国の、60年ぶりの決勝進出はならなかった。だが7月20日の決勝も、その先のすべての試合も、あの8票の会議室が決めたルールの上で行われている。