この記事の要点
- 1986年6月22日、マラドーナの手のゴール
- 主審は見逃していない。副審に確認した
- 4分後に「世紀のゴール」が生まれた
- VARがあったらどうなったかも検証
初心者メモ
Q. 副審は何をする人?
タッチラインの外側に1人ずつ立ち、オフサイドやボールがラインを出たかどうかを主審に伝える役です。1986年当時はビデオ判定がなく、主審は自分の目と副審の判断だけで決めるしかありませんでした。
この記事の数字:手のゴールのわずか4分後に、同じ選手が「世紀のゴール」を決めている。
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舞台は1986年メキシコ大会の準々決勝、アルゼンチン対イングランド。会場はメキシコシティのアステカ・スタジアムだった。この試合が特別な緊張感を帯びていたのは、わずか4年前の1982年に両国がフォークランド(マルビナス)紛争で実際に戦火を交えていたからだ。ピッチ上の90分は、単なるサッカーの試合を超えた意味を持っていた。
0-0で迎えた51分、事件は起きた。マラドーナが味方のホルヘ・バルダーノへ預けたボールを、イングランドのスティーブ・ホッジがクリアしようとして自陣ペナルティエリア内へ高く浮かせてしまう。そこへ長身GKピーター・シルトンが飛び出した。マラドーナはシルトンと同時に跳び、先にボールに触れた。頭ではなく、左手で。明白なハンドの反則だった。
アルゼンチン 2-1 イングランド
訂正:「見逃した」のではない
ここが、この記事で最も伝えたい部分だ。一般には「主審が見えていなかった」「審判団の連携が働かなかった」と説明されることが多い。だが当事者の証言はそうなっていない。
チュニジア人主審のアリ・ビン・ナセルは、AFPやBBCの取材に対し、次のように証言している。マラドーナとシルトンは同時に跳び上がり、2人とも自分とは反対を向いていた。ハンドの疑いはあったが、手を使ったところは見えなかった。そこで彼は躊躇し、ピッチ中央に戻って副審のボグダン・ドチェフを確認しに行った。ドチェフはハンドの合図を出していなかった。ビン・ナセルは 正当だ
と言われたので得点を認めた、と述べている。
さらに彼は、試合前にFIFAから明確な指示が出ていたとも語っている。同僚が自分より良いポジションにいた場合は、その見解を尊重すべきだ、と。つまり副審の意見が禁じられていたのではなく、逆に尊重せよと指示されていた。主審はその指示どおりに動き、副審が「正当」と答えた。神の手は、審判団の連携が断絶して生まれたのではなく、連携が機能した結果として認められている。
ここからは編集部の見方
この違いは細かいようで重要だ。「主審一人のミス」なら個人の失態で片づく。だが実際には、当時の判定システムが正常に動いた末に生まれている。手が見えない角度に主審がいて、副審も見えず、映像で覆す仕組みがなかった。制度が想定どおり動いてなお防げなかった——それが神の手の本質だと、編集部は考える。
「神の手」という名の由来
試合後、このゴールについて問われたマラドーナは、少しは自分の頭で、少しは神の手で決めた、という趣旨の発言をした。この人を食った言い回しから「神の手(La Mano de Dios)」という呼び名が生まれ、以後サッカー界では手を使った得点全般を指す婉曲表現として定着している。
2004年にFIFAが設立100周年記念DVD『FIFA FEVER』で「ワールドカップ10大誤審」を取り上げた際、このゴールは第1位に選ばれた。
4分後の「世紀のゴール」
だが、この試合が反則だけの試合で終わらなかったところに、マラドーナの真の異常さがある。神の手から4分後の55分、彼は自陣近くでボールを受けると約60メートルを独走し、イングランドの選手5人を抜き去り、最後はGKシルトンもかわしてゴールに流し込んだ。
図:51分と55分
最も批判されたゴールと、最も称賛されたゴールが、4分しか離れていない
図は編集部が作図(画像の転載ではない)。51分の「神の手」、55分の「世紀のゴール」。同じ選手が、同じ試合で、4分の間に両方を決めた。
このゴールは2002年にFIFAが実施したオンライン投票で「ワールドカップ・ゴール・オブ・ザ・センチュリー(世紀のゴール)」に選出されている。「W杯最悪の誤審1位」と「W杯史上最高のゴール」を、同じ選手が4分の間に、同じ相手から決めた。
試合はアルゼンチンが2-1で勝利。イングランドはゲイリー・リネカーの1点を返すのみに終わった。アルゼンチンはそのまま決勝で西ドイツを破って優勝し、マラドーナは大会MVP(ゴールデンボール)を、リネカーは得点王(ゴールデンブーツ)を受賞している。
その後の40年——3人の当事者
副審ドチェフ
旗を上げなかった副審のボグダン・ドチェフは、2017年6月1日に80歳で亡くなった。BBCによると、生前の彼はマラドーナを優れた選手と認めつつ、自分の人生を台無しにされたという趣旨の恨み節を語っていたという。
主審ビン・ナセル
一方でマラドーナは2015年、チュニジアにあるビン・ナセルの自宅を訪ねている。そのときマラドーナは、あなたがいなければ世紀のゴールを決めることはできなかった、という趣旨の言葉をかけ、「私の永遠の友、アリへ」と書いたジャージを贈ったと、ビン・ナセル本人が明かしている。同じ1つの判定が、2人の人生に正反対の意味を残した。
そのユニフォームと、ボール
試合後、マラドーナは通路でホッジとユニフォームを交換した。そのユニフォームは2022年にサザビーズの競売にかけられ、714万2500ポンド(当時のレートで約11億5300万円)で落札されている。スポーツ関連品として史上最高額だった。
そして今、神の手ゴールの試合球が競売に出ている。ロイターによると、米ヘリテージ・オークションズが7月末から最低価格250万ドル(約4億円)で入札を開始し、8月22〜23日に締め切る。このボールは2022年にも出品され、当時は200万ポンド(約3億3000万円)で落札されていた。同社は、ユニフォームと同程度の価格になる可能性があるとしている。
40年後の6月22日
マラドーナは2020年11月25日、ブエノスアイレス郊外の自宅で心臓発作を起こし、60歳で亡くなった。
それから約6年後の2026年6月22日、アルゼンチンはダラスでオーストリアと対戦した。マラドーナの背番号10を受け継いだリオネル・メッシが38分に先制点を決め、ミロスラフ・クローゼの16得点を抜いてW杯通算17得点の歴代単独トップに立つ。後半追加タイムにも決めて18得点とした。
同じ日付、同じ10番、同じ国
1986年6月22日は、マラドーナが神の手と5人抜きを決めた日である。ちょうど40年後の同じ日に、同じアルゼンチンの10番が、W杯の得点記録を塗り替えた。偶然だが、これ以上できすぎた偶然もない。
もしVARがあったら——そして2026年
今日の視点で見れば、神の手はVARで即座に取り消されていただろう。当時は映像による判定の仕組みがなく、主審は副審に聞きに行くしかなかった。その制度的な隙間があったからこそ生まれた、歴史の産物とも言える。2026年大会ではVARの権限がさらに拡大し、2枚目のイエローカードによる退場までレビュー対象になっている(詳細は新ルール完全ガイド)。
そして2026年7月16日午前4時(日本時間)、アルゼンチンとイングランドはW杯準決勝で再び対戦し、アルゼンチンが2-1で勝った。40年前と同じく、アルゼンチンが1点差で勝ち上がった。かつて7月16日に再び対戦する。マラドーナの10番を継いだメッシにとって、イングランドは代表キャリアで一度も対戦したことのない唯一の相手だ(メッシ評伝)。両国の因縁の全体像はイングランド対アルゼンチン60年史で扱っている。
まとめ
神の手は「審判が見逃した」ゴールではなかった。主審は疑いを持ち、副審に確認しに行き、「正当だ」という返答を得て認めている。当時のFIFAの指示どおりに動いた結果だった。
そして4分後、同じ選手が「世紀のゴール」を決めた。FIFAの投票で最悪の誤審1位と史上最高のゴールに選ばれた2つが、同じ4分間に収まっている。40年後の同じ6月22日、その10番を継いだ選手がW杯の得点記録を更新した。7月16日、両国は再び準決勝で向き合う。