この記事の要点
- 2018年の優勝23人でINF出身は2人だけ
- 8人はパリ郊外バンリューの出身
- INFの本当の産物は選手でなく指導者
- 2つの改革は12〜14年後に優勝で実った
初心者メモ
Q. 「バンリュー」とはどこ?
パリなど大都市の郊外にある住宅地域のことです。移民の家庭が多く、公園や路上でボールを蹴る環境があります。2018年に優勝した23人のうち8人が、この地域の出身でした。
この記事の数字:2018年の優勝メンバー23人のうち、養成所出身は2人、バンリュー出身は8人。
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先に答えを書く。フランスの育成力の正体は、エリート養成所が天才を発掘していることではない。3つが重なった結果だ。
① INFが育てた指導者が、全国のクラブ育成所にいる
② タレントが極端に集積した「バンリュー」という土地
③ 無償であること
特に①が見落とされている。日本語版Wikipediaの記述にこうある。「各クラブの育成所にいる指導者は、INFが育てた人材のため、どのクラブの育成所を選んでも基本理念は共通している」——ここが核心だ。年23人しか採らない養成所が、全国の育成所の中身を統一している。
フランスは「才能が生まれる国」ではない
前提をひとつ壊しておきたい。フランスは昔から強かったわけではない。
図:2018年優勝メンバー23人の出身
定説の養成所クレールフォンテーヌ出身は23人中2人。バンリュー出身は8人
図は編集部が作図(画像の転載ではない)。「フランスの育成=クレールフォンテーヌ」という説明では、優勝メンバーの1割弱しか説明できない。
Wikipediaの記述によれば、1960年代半ばまで、フランスのプロクラブは自治体にかなり依存した経営を行っており、規模は小さく、目先の利益を出すことに必死だった。育成に割り当てる資金などなかった。いまの姿からは想像しにくいが、出発点はそこである。
転機は1970年。フランスサッカー連盟は、代表監督兼技術監督のジョルジュ・ブローニュの下で全国的な育成改革に着手する。2年後の1972年、中部ヴィシーにINF(国立サッカー養成所)が設立された。目的は明快で、「フランスのプロサッカークラブに優秀な選手を供給すること」。当時の対象は16〜18歳だった。
ここからが重要だ。ヴィシーのINFを見本として、各プロクラブが同じ理念・方針の育成所をフランス各地に作りはじめる。国が1つ作り、それが全国に複製された。
2つの改革と、2つの成果
| 年 | やったこと | 成果として現れた時期 |
|---|---|---|
| 1970〜72 | 育成改革開始、INF設立(16〜18歳対象)。各クラブが模倣 | 1984年 欧州選手権優勝 |
| 1988 | INFがクレールフォンテーヌへ移転 | — |
| 1989 | 連盟内に最高技術部門DTNを組織(初代委員長ジェラール・ウリエ)。INFの対象を13〜15歳に引き下げ | 1998年 W杯初優勝 2000年 欧州選手権優勝 |
改革から成果まで、どちらもおよそ12〜14年かかっている。1998年の優勝は、1989年に始めたことの結果だった。ちなみに1998年大会では、INFの施設がそのまま代表の合宿地になり、そこにはINF出身のティエリ・アンリがいた。同じ年、INFはFIFAから「FIFAエクセレンスセンター」の称号を受けている。
なぜ13〜15歳に引き下げたのか。理由が制度設計として面白い。「連盟の育成方針で育成された選手がプロクラブに供給されることで、各クラブに連盟の育成方針が伝わるから」——つまり選手を、思想の運び手として使っている。
数字で見るINF——これで代表は作れない
ではINFはどれくらいの規模なのか。ここで話がひっくり返る。
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| 本部(クレールフォンテーヌ)の年間定員 | 23人 |
| 本部セレクションの応募 | 約2,000人(合格率 約1%) |
| 各ポール(支局14か所)の定員 | 15人程度 |
| 各ポールの応募 | 計 約1万1,100人(合格率 約1.8%) |
| 指導スタッフ | 3名程度 |
| 費用 | 無償 |
| 卒業生のプロ契約 | 毎年5〜6人(目安30%) |
本部は年23人。全15ポールを足しても、1学年およそ230人程度にしかならない。合格率1%は確かに苛烈だが、逆に言えばこの規模では代表チームを埋められない。
証拠がある。フットボリスタの取材(2018年時点)によれば、当時のフランス代表でINFの卒業生はマテュイディとエムバペの2人だけだった。ティエリ・アンリのいた78年生まれ組はアンリ・ギャラス・ロテンの3人、翌年もアネルカ・クリスタンバル・サハの3人を輩出したが、その後はA代表が長く途絶えている。
「近年INFのレベルが下がった」という声もある。これに対しINFディレクターのジャン=クロード・ラファルグ氏は「プロ選手になる数は増えていて実際にはクオリティは変わっていない」と反論している。どちらが正しいかはさておき、「INFがフランス代表を作っている」という説明が数字で成立しないことは、はっきりしている。
INFの育て方——週末は自分のチームに帰す
規模が小さいぶん、やり方は独特だ。生徒は13〜15歳の2年制で、月曜から金曜はクレールフォンテーヌから10分ほどの地元の学校に通い、帰ってきた15時半頃から練習する。そして週末は、自分の所属チームに戻って試合に出る。
この設計の意味は大きい。INFの指導者は、目先の試合結果に一切責任を負わない。勝敗は週末に所属チームが引き受ける。だから長期的な視点で個人スキルだけを磨ける。「勝たなくていい育成機関」を、国が制度として用意している。
ラファルグ氏はこうも言っている。「統計によれば、16歳より前に海外に出た選手の95%は成功していない」「18、19歳頃までは、しっかりフォルマシオンを受けるべきだ」。そして——「ムバッペも15歳でここを出る時、すでに多くの海外クラブが彼を引き抜きにきた。でも彼はそれを望まず、フランスでの育成を選んだ」。
なお、INFは卒業後のクラブ選びに介入しない。本人と家族の判断に委ねる。
本当のエンジン——バンリューという土地
では誰がフランス代表を作っているのか。土地である。
INF(クレールフォンテーヌ)出身:2人
バンリュー出身:8人
ジャーナリストの木村正人氏による現地ルポによれば、2018年に優勝したフランス代表23人のうち、エムバペ、ポグバ、カンテ、エンゾンジ、マテュイディ、メンディ、キンペンベ、アレオラの8人が「バンリュー」出身だった。
バンリューとは、低所得者向けの公営高層住宅——日本で言う団地——が建ち並ぶパリ郊外を指す。エムバペが育ったボンディは、パリ北東のバンリューにある。エムバペの父はカメルーン出身、母はアルジェリア出身のハンドボール選手だった。
木村氏の取材によれば、エムバペが育った地元クラブ「ASボンディ」でサッカーをしているのは700人で、そのうち500人が子供。マリ、セネガル、コートジボワール、アルジェリア、チュニジアからの移民が多い。そして木村氏は、こう書いている。「バンリューでは貧しい移民の子は朝から晩までサッカーをするしかないのです」と。
ここで、INFが無償であることの意味が効いてくる。Wikipediaの記述はこう説明する。「基本的に無償であり、それにより移民を中心とした貧困層のタレント(才能)を発掘したことで育成に成功している」。
タレントが密集した土地があり、そこから才能を吸い上げるパイプが無料で通っている。これが噛み合っている。かつてブラジルのサンパウロが世界一のタレントの宝庫と言われたが、いまはバンリューがそうだという評価もある、と木村氏は書いている。
ここからは編集部の見方——3つの反論を検討する
ここまでは確認できた事実だ。以下は編集部の分析であり、異論もありうる。
反論1:「単に母数が大きいだけでは?」
もっともな指摘だ。人口6,800万人の国で、移民が集まる大都市圏があり、そこでサッカーが唯一の出口になっている——それだけで才能は出る。制度の手柄ではないのでは、と。
だが、これは1960年代のフランスを説明できない。当時も人口はいたし、移民もいた。それでも代表は勝てず、クラブには育成の金すらなかった。母数だけで説明できるなら、改革から12〜14年遅れて成果が出た理由が説明できない。土地と制度は、どちらか一方では足りない。
反論2:「フランスは才能を輸出している側では?」
これは鋭い。木村氏はこう書いている。「フランス代表になれなかったアフリカ系移民の選手が、両親の出身国の代表になるケースも少なくありません」。
つまりフランスの育成システムは、フランス代表を作ると同時に、他国の代表も作っている。今大会でフランスは準決勝までの6試合で16得点2失点を記録したが、準々決勝で対戦したモロッコをはじめ、フランスで育った選手を擁する国は複数ある。フランスの育成力は、フランスだけの資産ではない。これは、この記事の説明を弱めるのではなく、むしろ補強する材料だと編集部は考えている。システムが個人の国籍より広く効いている、ということだからだ。
反論3:「近年うまくいっていないのでは?」
課題は実際にある。10代の早い段階で才能を示した選手が高額の移籍金で国外クラブへ移り、出場機会に恵まれずそのまま消えるケースが増えている。また各プロクラブが育成に力を入れた結果、INFのセレクションのレベルが低下しているという指摘もある。
ラファルグ氏の「16歳より前に海外に出た選手の95%は成功していない」という発言は、この文脈で読むべきものだ。フランスの育成システムが直面している最大の敵は、他国の育成システムではなく、他国の財布である。
まとめ——制度が作ったのは選手ではなく指導者
フランスの強さを「クレールフォンテーヌのおかげ」で片付けると、数字が合わない。年23人の養成所が、23人の代表を作れるはずがない。
実際に起きていたのはこうだ。国が1972年に手本を1つ作り、各クラブがそれを模倣した。INFが育てた指導者が全国の育成所に散り、どのクラブを選んでも基本理念が共通する状態を作った。そこにバンリューという類例のないタレントの集積があり、無償という条件がその2つをつないだ。養成所が量産していたのは選手ではなく、選手を作る人と、その考え方だった。
そして今大会、フランスは準決勝でスペインに0-2で敗れた。14年間チームを率いたディディエ・デシャン監督にとって、7月19日の3位決定戦が最後の試合になる。デシャンが去っても、次のエムバペを探しているスカウトと、彼を教える指導者は、同じ理念のまま現場に残る。フランスの本当の強さは、たぶんそこにある。
※ 本記事のバンリュー出身8人・INF出身2人は、いずれも2018年ロシア大会時点のデータです。2026年大会のメンバー構成とは異なります。