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W杯の歴史

イングランド対アルゼンチンはW杯5戦でアルゼンチン1勝のみ|60年の因縁を検証

更新:2026年7月15日 / ワールドカップ編集部 / 約7分で読めます
神の手の印象が強すぎる。この因縁で勝ってきたのはアルゼンチンではない。ワールドカップ5戦で1勝1分3敗。7月16日、両国がW杯準決勝で顔を合わせるのは史上初になる。

この記事の要点

  • W杯での対戦は5試合しかない
  • アルゼンチンは1勝1分3敗。勝ちは86年のみ
  • 神の手、ベッカム退場、オーウェンのPK
  • メッシは6大会目で英とまだ未対戦

初心者メモ

Q. なぜ60年で5試合しか対戦していないの?

ワールドカップでは、同じ組に入るか、勝ち上がりの表で交わらないかぎり対戦しません。強豪同士は組分けの段階で分けられるため、決勝トーナメントに入るまで当たらないのです。5回は決して少なすぎる数ではありません。

この記事の数字:60年の因縁と言われるが、W杯での対戦は5試合しかない。

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戦績:W杯での5試合

大会・ラウンド結果
1962チリ/グループステージイングランド 3-1
1966イングランド/準々決勝イングランド 1-0
1986メキシコ/準々決勝アルゼンチン 2-1
1998フランス/ラウンド162-2(PK戦4-3でアルゼンチン)
2002日韓/グループステージイングランド 1-0
2026北中米/準決勝7月16日 4:00(日本時間)
W杯でのアルゼンチンの対イングランド戦績
1勝1分3敗(勝率20%)

アルゼンチンにとってイングランドは、W杯で3回以上対戦した相手のうち、イタリア(勝率0%)、ドイツ(14.3%)、オランダ(16.7%)に次いで勝率の低い相手だ。対戦回数はオランダと並んで2番目に多い。「因縁の宿敵」という言葉から受ける印象とは、実際の数字がかなり違う。

図:W杯での対戦5試合

5試合でアルゼンチンの勝ちは1986年の1回だけ

1962 グループ3-1イングランド1966 準々決勝1-0イングランド1986 準々決勝2-1アルゼンチン1998 R162-2 (PK)アルゼンチン2002 グループ1-0イングランド2026 準決勝2-1アルゼンチン

図は編集部が作図(画像の転載ではない)。PK戦決着の1998年を「勝ち」に数えても、通算は1勝1分3敗のままだ。

そして今回が準決勝での初対決になる。60年で6度目、そして初めて決勝進出を懸けて戦い、アルゼンチンが2-1で勝った。W杯での通算成績はイングランドの3勝1分2敗となった。当時は決勝進出を懸けて戦う。

ここからは編集部の見方

なぜ「アルゼンチン優位」の印象が残るのか。答えは単純で、1986年の1勝があまりに強烈だからだ。神の手と世紀のゴールを含む唯一の勝利が、記憶の中で残り4試合を押しのけている。イングランドにとって、1986年はアルゼンチンに対する直近の黒星でもある。40年間、W杯でアルゼンチンに負けていない。

1962年と1966年——因縁の始まり

最初の対戦は1962年チリ大会のグループステージで、イングランドが3-1で勝った。だが本当の意味で因縁が始まったのは、1966年イングランド大会の準々決勝だ。

ウェンブリーで行われたこの試合は荒れた。アルゼンチンの主将アントニオ・ラッティンが退場を命じられながら約8分間ピッチを去らず、試合は中断。ラッティンは主審の言語が理解できないことを理由に退場を拒否し、イギリス国旗を丸めるなどして反発した。イングランドが1-0で勝ったが、問題は試合後だった。イングランドを率いていたアルフ・ラムゼー監督は相手を Animals(動物)と呼び、選手たちにユニフォーム交換をさせなかったのだ。侮蔑と反発が、ここから始まっている。

この一件には後日談がある。判定が言葉で伝わらなかったこの混乱が、イエローカードとレッドカードが導入されるきっかけになった。今では当たり前の道具は、この試合から生まれている。

1986年——神の手と、世紀のゴール

20年後、感情はさらに激しい形で噴き出す。1986年メキシコ大会の準々決勝、アステカ・スタジアム。フォークランド(マルビナス)紛争から、まだ4年しか経っていなかった。アルゼンチンではこの試合が戦争の記憶と結びつき、英国メディアもナショナリズムをあおった。

51分、マラドーナがGKピーター・シルトンの頭上で拳を使ってボールを押し込み先制。その4分後には自陣から5人を抜き去るゴールを決めた。アルゼンチンが2-1で勝ち、そのまま優勝している。

マラドーナは後に自伝で、手で決めたゴールの方が好きだと思うことがある、それはイングランド人の財布を盗んだようなものだったから、という趣旨を書いている。2005年にマラドーナが謝罪しても、シルトンはそれを受け入れなかった。イングランド側には怒りが残り、アルゼンチン側では勝利が誇りに変わった。

この試合の判定の真相と、当事者たちのその後については神の手の詳細記事で扱っている。

1998年——ベッカム退場の裏側

1998年フランス大会のラウンド16。バティストゥータのPKでアルゼンチンが先制し、シアラーのPKでイングランドが追いつく。そして当時18歳のマイケル・オーウェンが、ドリブルでアルゼンチン守備陣を突破して鮮烈なゴールを決めた。アルゼンチンが同点に追いつき、後半にデイビッド・ベッカムがディエゴ・シメオネへの報復行為で退場。10人のイングランドは延長まで耐えたが、2-2からPK戦で4-3と敗れた。

ベッカムは母国で 10人の勇敢なライオンと1人の愚か者 と批判の的になった。本人はこれを最大の挫折と表現している。

なお、この試合でオーウェンが決めたゴールは、2002年にFIFAがサイト上で実施した「ゴール・オブ・ザ・センチュリー」投票で2位に入っている。1位はマラドーナの5人抜き。上位2つが、同じ対戦カードから生まれたことになる。

2002年——雪辱のPKを取ったオーウェン

4年後の日韓大会、両国は札幌のグループステージで再会する。ベッカムがPKを決め、イングランドが1-0で逃げ切った。4年前に自ら退場して敗れた相手から、今度は決勝点を奪ったことになる。ベッカムはこれを、長い4年間だった、と振り返っている。

この試合はイングランド国内でグリニッジ標準時の正午にキックオフされ、何百万もの人々がテレビ観戦のために仕事の手を止めたことから「史上最長の昼休み」と呼ばれた。優勝候補と目されていたアルゼンチンは、この敗戦が響いてまさかのグループステージ敗退に終わっている。

その後、2005年11月の親善試合では、アルゼンチンが2度リードしながらオーウェンの2ゴールでイングランドが3-2と逆転勝ち。この試合を最後に、両国は21年間まったく対戦していない。

2026年——メッシが唯一対戦していない国

今回の準決勝で最も特異なのは、リオネル・メッシがイングランドと一度も対戦したことがないという事実だ。200試合を超える代表キャリアで、これが最初の顔合わせになる。

理由は先ほどの2005年11月11日の親善試合にある。当時18歳のメッシは、退場処分に伴う出場停止でこの試合に出られなかった。そして以後21年間、両国の対戦は組まれなかった。2026年に予定されていたフィナリッシマも中止となり、初対戦はW杯準決勝まで持ち越されている(メッシ評伝)。

今大会の両チーム——数字で見る準決勝

アルゼンチンイングランド
ここまでの戦績6連勝(同国のW杯連勝記録を更新中)グループL首位。R32でDRコンゴ2-1、R16でメキシコ3-2、QFでノルウェーに延長2-1
チーム総得点17(大会最多)
主な得点者メッシ8得点ケイン6得点、ベリンガム6得点
監督スカローニ(在任8年)トゥヘル(在任1年半)

アルゼンチンは4試合連続で3得点以上を記録している。イングランド戦でも3ゴール以上を挙げれば、2022年から2026年にかけてのフランスに次ぎ、W杯史上2チーム目の5試合連続3得点以上となる。チーム総得点17は、1930年ウルグアイ大会で記録した代表史上最多の18ゴールにあと1点だ。

イングランドは個の力で押している。ケインとベリンガムがそれぞれ6得点。同一チームの2選手が1大会で6ゴール以上を挙げるのは、W杯史上初めてのことだ。ベリンガムは2試合連続で2ゴールを記録している。ブカヨ・サカの90分換算アシスト数1.01は、Optaがデータ収集を始めた1966年以降のイングランド代表史上、同一大会で最多の数字だという。

4人の監督の対比については4強の監督4人で扱っている。

まとめ

1962年から数えて64年、1966年の「Animals」から60年。この因縁カードの実態は、アルゼンチンの1勝1分3敗である。神の手の記憶が大きすぎて見えなくなっているが、イングランドはW杯でアルゼンチンに40年間負けていない。

1966年のラッティン、1986年のマラドーナ、1998年のベッカムとシメオネ、2002年のオーウェン。各時代の主役がこのカードで物語を作ってきた。2026年7月16日午前4時、アトランタ。準決勝での初対決に、メッシとベリンガムが加わる。

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参考資料・出典

本記事の作成にあたり、以下の情報源で事実を確認しました。データは2026年7月15日時点のものです。

  • フットボールチャンネル(アルゼンチン紙『TN』経由)メッシ率いるアルゼンチン代表、因縁のイングランド代表戦へ! W杯で何度も激闘…過去5戦の成績は?確認した内容:W杯での対戦が今回で6度目、過去5試合はアルゼンチンの1勝1分(PK戦勝利)3敗である点、5試合の全結果(1962年GS イングランド3-1/1966年QF イングランド1-0/1986年QF アルゼンチン2-1/1998年R16 2-2でPK戦アルゼンチン/2002年GS イングランド1-0)、1966年にラッティンが退場しピッチを去る際にイギリス国旗を握った点、アルゼンチンが準々決勝でスイスを延長3-1で下した点
  • Yahoo!スポーツナビW杯史に刻まれた因縁再び イングランドvs.アルゼンチン確認した内容:アルゼンチンのW杯における対イングランド勝率20%が、3回以上対戦した相手の中でイタリア(0%)・ドイツ(14.3%)・オランダ(16.7%)に次いで低い点、対戦回数がオランダと並び2番目に多い点、1986年がイングランドにとってアルゼンチンに対する直近の黒星である点、アルゼンチンが今大会6連勝で同国のW杯連勝記録を更新中である点、4試合連続3得点以上で次も3点なら史上2チーム目となる点、チーム総得点17が大会最多で代表史上最多18にあと1点である点、ケインとベリンガムがそれぞれ6得点で同一チームの2選手が1大会6ゴール以上はW杯史上初である点、サカの90分換算アシスト1.01がOpta集計開始の1966年以降イングランド代表史上最多である点、1998年にオーウェンが18歳だった点
  • サッカーダイジェストWeb因縁浅からぬイングランド対アルゼンチン。66年の「Animals」、86年の「神の手」、98年のベッカム、2002年札幌の雪辱確認した内容:W杯で6度目だが準決勝では初めてである点、最初の対戦が1962年チリ大会である点、1966年準々決勝がウェンブリーで行われラッティンが退場を命じられながら約8分間ピッチを去らず試合が中断した点、アルフ・ラムゼー監督が相手を「Animals(動物)」と呼びユニホーム交換をさせなかった点、1986年がフォークランド紛争から4年後でアルゼンチンでは戦争の記憶と結びつき英国メディアもナショナリズムをあおった点、マラドーナが自伝で「イングランド人の財布を盗んだようなもの」という趣旨を記した点、2005年にマラドーナが謝罪してもシルトンが受け入れなかった点
  • ワールドサッカーポータル【イングランド代表vsアルゼンチン代表】過去対戦成績まとめ確認した内容:1998年の試合経過(バティストゥータのPKで先制、シアラーのPKで同点、オーウェンのゴール、アルゼンチン同点、ベッカム退場、PK戦4-3でアルゼンチン)、2002年に「オーウェンが倒されて得たPKをベッカムが決めた」点、2005年11月の親善試合でアルゼンチンが2度リードしながらオーウェンの2ゴールでイングランドが3-2と逆転勝ちし、それを最後に両国が対戦していない点、約21年ぶりのA代表対戦かつW杯では24年ぶりである点
  • Goal.comサッカー イングランド対アルゼンチンの通算対戦成績は?過去の対戦結果一覧確認した内容:W杯本大会での過去5度の対戦の勝敗(イングランドが1962・1966・2002、アルゼンチンが1986・1998)、2026年準決勝が24年ぶり6度目である点、準決勝が日本時間2026年7月16日4:00にアメリカ・ジョージア州アトランタで開催される点
  • Goal.comイングランドvsアルゼンチンのスタメン・見どころ・注目選手|W杯準決勝確認した内容:イングランドがグループLを首位で突破し、R32でDRコンゴ2-1、R16で開催国メキシコ3-2、準々決勝でノルウェーに延長2-1で勝利した点、両国の因縁が60年にわたる点、イングランドが1966年大会以来の優勝を目指している点
  • Goal.comアルゼンチン対スペイン戦の中止を受け、リオネル・メッシの「フィナリッシマ」に対する姿勢が明らかになった確認した内容:2026年のフィナリッシマ(アルゼンチン対スペイン)が正式に中止となった点、CONMEBOLのプレスリリースによる中止までの経緯
  • 時事ドットコム語り草生む両チーム イングランドとアルゼンチン確認した内容:1966年準々決勝でラッティンが主審の言語を理解できないことを理由に退場を拒否し英国の旗を丸めるなど反発した点、この出来事がイエローカード・レッドカード導入のきっかけとなった点、1998年にベッカムがシメオネへの報復行為で一発退場しPK戦の末に敗れ母国で「10人の勇敢なライオンと1人の愚か者」と批判された点、2002年にベッカムがPKを決めて勝利に導き「長い4年間だった」と振り返った点
  • Wikipedia(1986 FIFAワールドカップ準々決勝 アルゼンチン対イングランド)1986 FIFAワールドカップ準々決勝 アルゼンチン対イングランド確認した内容:両国のライバル意識が1966年大会まで遡るとされる点、フォークランド紛争でイギリス軍に256人・アルゼンチン軍に645人の死者が出た点、2002年のFIFAサイト上の投票でマラドーナの5人抜きがゴール・オブ・ザ・センチュリーに選ばれ、2位に1998年のオーウェンのゴールが入った点、2002年日韓大会の試合がGMT正午開始で「史上最長の昼休み」と呼ばれた点
  • ゲキサカ決戦前日メッシのそばには常に7人の“弟分”…21年前は一発退場で出場停止、イングランドとの運命的初対決へ確認した内容:直近の対戦が2005年11月11日の親善試合でアルゼンチンが2-3で敗れた点、当時18歳のメッシが一発退場に伴う出場停止でこの試合に出られなかった点、メッシが今大会8得点である点
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