この記事の要点
- バルサでの公式戦出場はわずか1試合
- バルサは1000万ユーロで手放した
- 彼のハンドでUEFAが指針を修正した
- 2026年夏にレアル・マドリードへ移籍
初心者メモ
Q. 左サイドバックって何をする人?
4人で守るとき、いちばん左端に立つ守備の選手です。相手のウイング(右の突破役)を止めるのが本業ですが、味方が攻めるときは左のタッチライン沿いを一気に駆け上がってクロスを上げます。守備力と走力の両方が要る、地味なわりに消耗の激しいポジションです。
この記事の数字:バルセロナがククレジャの完全移籍で受け取ったのは1000万ユーロ。その6年後、レアル・マドリードは5500万ユーロ(+出来高500万ユーロ)を払った。
→ 用語辞典で「サイドバック(SB)」を見る
◯ 今読まれています!
1試合と戦術スペインが2026年W杯優勝延長トーレス弾、シュート20本対0本の完勝劇→2試合と戦術ベストゲームは新設のラウンド32に集まった16試合中5つが延長、3つがPK戦→3データ分析2026年W杯の個人賞は優勝国が独占しなかったMVPはロドリ、得点王は3位フランスのエムバペ→4解説ビギナー向けサッカー用語辞典60語要点:ククレジャはこういう選手
マルク・ククレジャは、2026年ワールドカップで優勝したスペイン代表の左サイドバックだ。日本の視聴者にはたいてい「もじゃもじゃの髪」で認識されているだろうが、経歴を並べると、髪より奇妙なことがいくつも出てくる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日・出身 | 1998年7月22日/スペイン・カタルーニャ州アレーリャ |
| ポジション | 左サイドバック(左ウイングバックも) |
| 所属 | レアル・マドリード(2026年6月にチェルシーから移籍) |
| 代表 | 2021年6月デビュー/EURO2024優勝/2026年W杯優勝 |
| 主なタイトル | W杯(2026)、EURO(2024)、東京五輪銀(2021)、カンファレンスリーグ(2024-25)、クラブW杯(2025) |
この記事では、彼がなぜ今いちばん話題の左サイドバックなのかを、生い立ち・移籍金・ルール・W杯・今後の5つに分けて追う。結論から言えば、彼のキャリアで最も影響が大きかったのは、ゴールでもアシストでもない。止まっていた腕にボールが当たった、たった1回のプレーである。
生い立ち——フットサルからラ・マシアまでの道
生まれはバルセロナ近郊の海沿いの町アレーリャ。レアル・マドリード公式が誕生日に出した紹介でも、出身地はこの町になっている。最初に触れた競技はサッカーではなくフットサルだった。狭いコートで速く判断する競技から入った選手が、後年「サイドバックなのにMFのように振る舞う」と言われるようになるのは、偶然ではないだろう。
2006年、8歳でエスパニョールの下部組織へ。そして2012年、14歳でバルセロナのラ・マシアに移る。エスパニョールとバルセロナは同じ街のライバル同士で、この移籍はバルセロナという都市の中で「向こう側」に渡ることを意味する。
ところが、バルセロナのトップチームでは出番が来なかった。左サイドバックにはジョルディ・アルバがいた。バルセロナが移籍の公式声明で自ら書いている通り、彼のトップチームでの公式戦出場は2017年10月24日、コパ・デル・レイのムルシア戦で終盤に出た1試合だけである。ラ・マシアで6年、Bチームで結果を出しながら、記録に残った時間は数分しかない。
ここから先の移籍も含めて、彼が渡り歩いた土地を1枚にすると次のようになる。カタルーニャで生まれ、いったんスペイン北部のバスクへ出て、マドリードに移り、英国へ渡り、28歳でマドリードに戻ってくる——という道のりである。
図:ククレジャがたどった土地
生まれた町から、レアル・マドリードまでの道のり
出典:レアル・マドリード公式、チェルシー公式、バルセロナ公式声明(本文の出典と同じ)。7つの土地の位置関係を、実際の緯度経度にもとづいて配置した図(海岸線は描いていない)。図は編集部が作図(画像の転載ではない)。
【横断】移籍金の履歴——いちばん安く売ったのは育てたクラブ
ここからが、この記事でいちばん見てほしいところだ。ククレジャの移籍金を時系列に並べると、ひとりの選手の評価がどう変わったかがそのまま数字になる。
図:ククレジャの移籍金の推移
育てたクラブが、いちばん安く売っていた
出典:バルセロナ公式声明(beSoccer・Football España経由)、ESPN、Sky Sports。ブライトン移籍を含む一部の金額は公式には非開示で、報道ベースの数字。図は編集部が作図(画像の転載ではない)。
2019年、エイバルが200万ユーロで買い取り条項を行使した。ところがバルセロナは契約に400万ユーロの買い戻し条項を入れており、退団からわずか16日でこれを行使して連れ戻す。そして2日後にはヘタフェへレンタルに出した。3か月足らずで3回移籍したことになる。
翌2020年、ヘタフェが買い取り条項を行使。バルセロナの公式声明によれば金額は1000万ユーロで、将来の売却額の10%を受け取る条項を残した。カンテラで6年育てた選手を、バルセロナはこの額で手放したことになる。
その後の値付けは図の通りだ。ブライトンが1800万ユーロ、チェルシーが6500万ユーロ、そして2026年にレアル・マドリードが5500万ユーロ(+出来高500万ユーロ)。1000万ユーロは、日本円にすると約18億5000万円。5500万ユーロは約102億円である(1ユーロ185円で換算)。
さらに皮肉なのは2026年の移籍だ。スカイスポーツによれば、この夏はバルセロナとマンチェスター・シティも獲得に動き、レアル・マドリードがそれを退けて契約している。育てたクラブが、6年後に5倍以上の値段で買い戻そうとして、宿敵に競り負けた——という構図になった。
「史上最悪級の補強」と呼ばれた時期
2022年8月、チェルシーはブライトンから最大6300万ポンドでククレジャを獲得した。ロイター通信の報道によれば、この額が正しければ当時スペイン人選手として史上3番目の高額移籍で、上にいたのはケパ(7160万ポンド)とロドリ(6260万ポンド)だけだった。ブライトンにとってもクラブ史上最高額の売却である。
問題は、その値段に見合う評価をイングランドで得られなかったことだ。サイドバックにこの金額を出したこと自体が繰り返し話題にされ、守備のミスが出るたびに「高すぎた補強」の代表例として引き合いに出された。ここが、彼が最初に世界的に有名になった理由でもある。プレーではなく、金額で有名になったのだ。
結果として、チェルシーでは4年間で163試合に出場し、2024-25シーズンのカンファレンスリーグと2025年のクラブワールドカップを制している。そして2026年、チェルシーは彼を5500万ユーロで売った。買値の8割強を回収したことになる。「最悪の補強」という評価が正しかったかどうかは、少なくとも会計上は微妙なところだ。
【斜め上】彼のハンドが動かしたハンドのルール
ここが、ほかの記事があまり書かない部分である。ククレジャのキャリアで最も広く語られたプレーは、2024年のEURO準々決勝、ドイツ戦の延長105分に起きた。
ムシアラのシュートがククレジャの左腕に当たった。ドイツはPKを主張したが、主審アンソニー・テイラーは認めず、VARのスチュアート・アトウェルも介入しなかった。ESPNの解説によれば、この判断は当時のUEFAの指針に沿ったものだった。大会前のブリーフィングでUEFAの審判責任者ロゼッティは「腕が体の側面にあり、垂直に近い位置なら罰しない」という例を示しており、ククレジャの姿勢はほぼその例と同じだったからだ。スペインはこの試合を延長119分のメリーノの得点で2-1と制し、そのままEUROを優勝した。ちなみにククレジャは、その決勝でも仕事をしている。スペイン紙デモクラタによれば、イングランド戦の終盤にオヤルサバルの決勝ゴールをお膳立てしたのは、彼の左からのクロスだった。
ドイツでは猛烈な批判が起きた。当時のナーゲルスマン監督は「不正をされたとは思わない」としつつ、ルールそのものの分かりにくさを問題にしている。
そして約2か月後、話が動いた。UEFAの審判委員会が報告書で「PKを与えるべきだった」と認めたのである。報告書は「シュートを腕で止めた接触はより厳しく罰し、多くの場合PKを与えるべきだ。ただし腕が体に非常に近い、または体に接している場合を除く」とし、ククレジャのケースについては「腕が体に十分近くなく、体を大きく見せていた」と評価した。これは、大会前に示された指針の修正にあたる。
つまり、ひとりのサイドバックの腕に当たった1本のシュートが、その後の審判に配られる基準の文章を書き換えたことになる。ククレジャ自身も後に「僕のせいでルールが変わった」と語っている。得点でもアシストでもなく、ルールの運用を動かした選手というのは、そう多くない。
なお、サッカーの競技規則そのものを決めるのはUEFAでもFIFAでもなくIFABという別組織だ。ここで変わったのは「規則の条文」ではなく「その解釈と運用の指針」である。この違いについてはサッカーのルールはFIFAだけでは変えられないで扱っている。
2026年W杯——全試合フル出場と、約束のタトゥー
2026年大会でも、ククレジャはスペインの左サイドバックを務め続けた。レアル・マドリード公式によれば、彼は大会の全試合でフルタイム出場している。スペインは8試合を戦い、決勝は延長までもつれたから、彼はその120分も含めて一度もピッチを離れなかったことになる。ファン投票によるFIFAベストイレブンにも選ばれた。
もうひとつ、この夏に世界中で報じられたのがタトゥーの約束だ。大会の序盤、ククレジャは「優勝したらデ・ラ・フエンテ監督を体に彫る」と宣言していた。7月19日にスペインが優勝すると、決勝後の会見でデ・ラ・フエンテ監督本人が「私はそんなに醜くないから、誰にも見えない場所に彫る必要はないだろう」「約束を守るのは誇らしい」と冗談まじりに応じている。
そして9日後、ククレジャはインスタグラムで完成した図柄を公開した。左肘の少し上に、トロフィーを掲げるデ・ラ・フエンテと「26」の数字。本人のコメントは「約束は守った」だった。ちなみに彼が約束を守るのは2度目で、2024年のEURO優勝時には「長い巻き毛を赤く染める」という約束を実行している。同じ大会でフェラン・トーレスは「優勝したら丸刈りにする」と言っていたが、こちらはまだ実行されていない。
決勝の90+3分——メッシに退場を求められた数秒
2026年の決勝で、ククレジャはもう一度「ルール」の当事者になっている。今度は変える側ではなく、ルールを根拠に退場を求められる側だ。
後半アディショナルタイム3分、スコアは0-0。アルゼンチンのエンソ・フェルナンデスがクバルシへのファウルで2枚目の警告を受け、退場になった。判定に抗議するアルゼンチンの選手たちのなかで、ククレジャがメッシに歩み寄り、話しながら一瞬だけ手で口を覆った。時間にしてコンマ数秒である。
メッシはすぐに主審スラフコ・ビンチッチへ手を振り、ククレジャを指さした。2026年大会から導入された「口を覆うと一発退場」のルールを適用しろ、という要求である。エンソ・フェルナンデスも同調した。だが主審はこれを認めず、ククレジャはピッチに残った。
なぜ退場にならなかったのか。このルールは口を覆うこと自体を禁じていない。対立の場面で、相手への侮辱を隠す目的で覆った場合に退場となる。FIFA審判委員長のコリーナも大会前に、口を覆う行為そのものは認められると説明していた。実際この大会でも、ベリンガムがガーナのアイェウと話す際に口元を覆っているが処分はない。一方で、パラグアイのアルミロン(グループステージのトルコ戦)とエクアドルのインカピエ(ラウンド16)はこのルールで退場している。決勝の場面は、覆った時間が短く、悪意を示すものが確認できなかった、という整理になる。
ルールの出どころも書いておく。レアル・マドリードのヴィニシウス・ジュニオールが、ベンフィカのプレスティアンニから人種差別的な発言を受けたと訴えた一件だ(プレスティアンニ本人は否定している)。このときプレスティアンニは口を覆っており、何を言ったかを確かめる手がかりが残らなかった。AP通信によれば、この問題はIFABの会合で議論され、FIFA会長インファンティノは「口を覆って何かを言い、それが人種差別にあたるなら、当然退場だ」と述べている。2026年大会の新ルールはその延長線上にある。8つの新ルールの全体像は2026年W杯の新ルールは8つで扱っている。
整理すると、ククレジャは2大会続けて、ルールの条文のすぐ隣に立っていたことになる。2024年は自分の腕に当たったボールが判定の指針を書き換え、2026年は新しい条文を根拠に退場を求められた。守備の選手のキャリアとしては、かなり珍しい。なお決勝でのメッシの振る舞いには批判的な反応も出ており、準決勝ではアルゼンチンのパレデスがケインに対して同じルールでアピールしていたとも報じられている。
今後——レアル・マドリードで待つもの
移籍そのものはW杯の前に決まっていた。スカイスポーツとESPNによれば、レアル・マドリードとチェルシーが合意したのは2026年6月で、公式発表は6月15日。契約は6年、2032年6月30日までである。移籍金は4750万ポンド+出来高430万ポンド(5500万ユーロ+出来高500万ユーロ)。手続きはW杯終了後に完了した。
背景には両クラブの事情がある。チェルシーは2025-26シーズンをプレミアリーグ10位で終え、ヨーロッパの舞台を逃していた。ESPNは、ククレジャがそれを受けて退団に前向きだったと報じている。一方のレアル・マドリードは新監督にジョゼ・モウリーニョを迎えており、スカイスポーツによればククレジャはその最優先の補強対象だった。チェルシーの新監督はシャビ・アロンソで、経験のある選手を欠く状態での主力流出になった。
移籍が決まったのは27歳のときで、W杯が終わった直後の7月22日に28歳になった。キャリアで初めてスペインの巨大クラブに入ることになる。2032年までの契約は、レアル・マドリードが彼を短期のつなぎではなく長期の答えと見ていることを示している。契約が切れる2032年の2年前、2030年のW杯のとき彼は31〜32歳になっている。2030年W杯はスペインが共催国のひとつでもある。カンテラで出番のなかった選手が、自国開催の大会にどの立場で臨むのか——ここは追いかける価値がある。
この記事のまとめ
ククレジャを「髪の選手」「高すぎた補強」で片づけると、いちばん面白いところを落とすことになる。整理すると次の通りだ。
- バルセロナで育ちながら、トップチームでの公式戦は1試合。育てたクラブが1000万ユーロで手放した
- その6年後、レアル・マドリードが5500万ユーロを払い、バルセロナは獲得競争に敗れた
- EURO2024のハンドは、後にUEFA審判委員会が誤審と認め、判定指針が修正された
- 2026年W杯は全試合フル出場で優勝。ファン投票のベストイレブンにも入った
最後に一つ断っておく。UEFAが修正したのは運用の指針であって競技規則そのものではないし、あの1件だけが理由で変わったと断定できるわけでもない。判定基準の見直しは以前から続いていた議論で、彼のケースはその中でとりわけ目立つ実例になった、という言い方が正確だろう。それでも、審判に配られる文書に自分のプレーが載ってしまう選手は、そういない。